旧キット 軽巡「天龍1940」 建造日記 01

皆さん、こんばんは。 

 今日は朝6:00には蒸し暑く、なんだか昔、仕事でいった広島県や香川県のような気温を感じました。瀬戸内特有のじっとりした蒸し暑さを感じました...。

 さて、第五船台長の報告です。

 …報告、我が船台の「天龍」は、まず旧キットの建造を報告いたします。キット内容についてのコメントは、前回報告した新旧キット比較とダブりますが、ご容赦を!

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  初回生産キットの発売は1973年。発売当時のシリーズ№は85であり、シリーズとして85番目に発売されたキットです。当時の軽巡キットでは最後発に近いもので、フジミの「大淀」の次に遅かった発売順番となります。このことから、当時でもマイナー艦だったことがわかります。

 BOXアートは、ウォーターラインシリーズのアートを手掛ける画家としては最も有名な“上田毅八郎”氏。上田氏のアートは、軍艦と背景の空、海がいい塩梅で調和していることです。晩年の作品では、正直いって軍艦の姿が少々歪な感じを受けるものがありましたが、この頃の作品では安定しているように感じます。

 勉強不足で、「天龍」がインド洋の商船狩りに参加したのかどうかわかりませんが、画像は仮装巡洋艦を護衛している勇ましい姿が描かれています。

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 シリーズ№85の頃は、画面左上の“リニューアルパーツ”と呼ばれる艦船装備品パーツが付属されていませんでした。これが付属されたため、外箱の底側の箱の高さが増して、側面からみると底箱が見える状態になりました。

パーツ構成は現在のキットからすれば本当にシンプルで、簡単に作れる良いキットですが、組立説明書は改訂されなかったため、後づけのリニューアルパーツをどこに使うかが不明確で、初心者にやさしいとは言えません。もともとはタミヤが企画したシリーズキットですが、タミヤとしては珍しく不親切です。

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 喫水板と船体を接着し、艦首楼甲板を取り付けて船体色のグレーとリノリウム色をエアブラシ塗装した状態です。

 喫水板と船体の合いは不良で、喫水板の幅が足りない状態。…この頃のキットでは良くある事です。今回は修正しません。

 パーツをよく見るとキット開発当時としては結構細かいモールドを再現していると思う傍ら、かなり大雑把な作りの部分もあったり...とモールド表現が面白いです。
 特に驚いたのは船首楼甲板側面の外板の継ぎ目表現と主錨を収めるホースパイプ再現。どちらも大げさですが、この頃のキットでこれらをきちんと再現しているものは少ないように思われます。

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 主錨の取り付け
 錨はキットパーツにきちんと再現されています。船体に対して少し大きいですが、錨は小さすぎると見た目がカッコよくないので、デフォルメしても良いと個人的には思います。

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 爆雷投下機の取り付け
 艦尾の爆雷投下台は大ぶりですが、そのまま取り付け。後で調べてみると、この頃に装備されていなかったようです。



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旧キット 軽巡「天龍1940」 建造日記 02

皆さん、こんばんは。 

 貴重な梅雨の晴れ間。 本日は、我が愛犬をドックランへ。 犬は喜び、私はその姿をみて喜びました。

 さて、第五船台長の報告です。

 報告...、我が船台の旧キット「天龍」は、船体の細部塗装、喫水板の塗装、煙突および艦橋構造物の取り付けを行いました。

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 初めに、せっかくなので天龍型軽巡の後継艦にあたる球磨型軽巡(5,500t軽巡)の「北上」とツーショット。「北上」は改装に改装を重ねて球磨型の原型がわかりませんが、天龍型を拡大改良した軽巡です。

 大きさは、私が思っていたより「天龍」が大きいかったのに驚きましたが、大正時代、天龍型では艦型が小さすぎるとので球磨型に移行した経緯を知っていたので、もう少し大きさに違いがあるものと勝手に思っていたのです。

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 艦橋構造物の船体への取り付け。現在の新キットではほとんど見られなくなったダボ取り付け方式です。船体側の穴に対し、艦橋部品側のダボが成形不良により大きくなっているので、ヤスリで形状を整えることが必要です。頂部甲板と中部甲板のリノリウムは塗装途中です。

 船首楼甲板には華麗なリノリウム押えモールドが施されています。これが、船体中央部より艦尾に向かってもあれば良かったのですがね...。残念ながら、船首楼のみに表現されているのです。

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 船体中央部の煙突は三本煙突で、旧日本海軍が採用する独特の誘導煙突ではありません。この形容はイギリス式です。第一煙突と第三煙突は、取り付けダボに従ってとりつけると、艦尾に傾斜した形にならず、反対の艦首側に傾斜するため、ダボを削って艦首尾方向を反対として取り付けました。なぜこのような形状なのか?不明です。 

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後部の砲甲板はリノリウム塗装しました。円形縁に手摺がモールドされている独特の表現です。



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旧キット 軽巡「天龍1940」 建造日記 03

皆さん、こんにちは。

 今日は午後より久しぶりの晴れ。なんだか爽快な気分です...。先日、犬の散歩中にアスファルト路面でセミの幼虫が引っくり返っていたので、死んでるのかな?と摘んでみると、モゾモゾと動き出しました。可哀想なので、土のある樹木の根元に置いてやりました。7月上旬でアブラゼミ?か...。早いなぁ~と思っていましたら、本日我が家周辺で今年初の蝉の声。それは“ミンミンゼミ”でした。そうか…この間のセミの幼虫はミンミンゼミか…と納得。アブラゼミとミンミンゼミの幼虫は同じくらいなので、紛らわしいのです。

 さて、第五船台長の報告です。
 …報告、我が船台の旧キット「天龍1940」はほぼ完成状態です。さすがにダダ組み立てるだけなので簡単な工作ですね。(ストレスが貯まらなく作業できるので助かります...

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 ほぼ完成。25㎜連装機銃はさすがにキット本来のものを使わず、キット付属のリニューアルパーツを使用。艦載艇はキットのものをそのまま使いました。船体は、リノリウム押えモールドが船首楼甲板のみに施されていて不思議です。なぜ、船体中部以降にはないのかな?

 全体的には駆逐艦を大きくしたような感じ。 艦橋が実艦とかなり違っているので、「天龍」のように感じませんね...。

 魚雷発射艦は竣工時のころの形状をしていて、左右舷側に移動する軌条が再現されています。竣工したころの魚雷は強度不足で海面に近づけてから発射しないと魚雷が自爆してしまうのですが、開戦頃には魚雷の性能が高くなり、艦中央から発射しても自爆しないものとなっていました。なので、開戦頃の本艦は舷側への移動用軌条が無いのが正解です。

 天龍型軽巡は25㎜機銃は開戦頃に装備していないため、キットの装備状態は架空となってしまいます。しかも本艦は同型艦の「龍田」よりも早く戦没しており、このような機銃増備をしていませんでした。これは僚艦「龍田」の最終時の装備状態だと思います。装備位置には疑問ありですがね...。

 短艇類は第一煙突と第二煙突の間あたりに両舷に1隻ずつ、搭載しているのが正解で、キットでは省略されているようですね。

 …と、ツッコミどころは満載ですが、30年以上前に開発されたキットなので仕方ないでしょう。しかも、資料は乏しくマイナー艦です。発売されただけでも良いと思います。

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 おおまかな雰囲気は天龍型として表現されていますので、「天龍」はこんな感じの船というものを感じられればよいのではないでしょうか?

 
さて、次は本命のリニューアル版の製作に取り掛かります。



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